時間と手間が生みだす装飾技法 ―中世から伝わる手法と工程―

マテリアル/制作 Materials / Working Process

主なマテリアル

イタリアの画家、チェニーノ・チェニーニが15世紀初頭に書いた“Il Libro dell’ Arte (The Craftsman’s Handbook)” は、 中世ルネサンスアートの手引書として有名ですが、この中で説明されたイルミネーションの材料や方法の基本はほとんど変わることなく、600年以上経った今もなお、その手法が受け継がれています。

ヴェラム(Vellum) /パーチメント(Parchment)

通常、羊皮紙と訳されますが、羊に限らず、当地で調達しやすい獣皮を紙状に加工したものを指し、ヨーロッパでは主に、羊・山羊・牛などが使われました。豪州には、カンガルーの皮を使った古文書も残っています。
英国では、ヴェラムは牛の皮で作られたもの、牛以外の獣皮が使われたものはパーチメントと呼びます。(北米など、この逆の場合もあります。)片面しか書けないパーチメントに比べて、ヴェラムは両面が使えるうえ、滑らかで書きやすいため、上質の写本や公文書に好んで使用されました。なかでも仔牛(カーフスキン)は、色・風合い・透明度などに優れ、最高級品として珍重されました。 石灰水に浸して毛・皮脂・汚れを取り除いた獣皮は、木のフレームに何箇所も取り付けられた紐で固定し、強く引っ張りながら三日月型ナイフで紙状にまで薄く削られてゆきます。重労働と熟練を要する作業ですが、英国やアイルランドに少数現存しているパーチメントメーカーは、今もほぼ同じ製法でヴェラム/パーチメントを製造しています。とりわけ、ヴェラムは発色が素晴らしく陶器に描いたような独特の風合いがあり、画家にとって、大変魅力的な素材でもあります。

ヴェラム/パーチメントメーカー
William Cowley ( Parchment& Vellum Works)
97 Caldecote Street, Newport Pagnell, Bucks, MK16 0DB, England
Tel: +44(0)1908 610038 Fax: +44(0)1908 611071
http://www.williamcowley.co.uk/

ゴールドリーフ(Genuine gold leaf)

ゴールドを施してゆく工程はギルディング(Gilding)とも呼ばれ、時代や地域によってミディアムや使われる金も様々です。しかし、なんといっても隆起した純金箔の輝きは、中世装飾写本のハイライトではないでしょうか。 金箔には、扱いやすいTransfer gold leafと、仕上がりの美しいLoose gold leafがあり、純金箔(24~23.5カラット)のLoose goldを使用すると、金細工のような光沢に仕上がります。金を磨く道具として、Burnisher(メノウやヘマタイトが先端についた道具)が使われます。

ジェッソ(Gesso)、その他接着材料

ゴールドを接着させる方法は、古くから使われたもの(Gesso、Gum ammoniac、Glair、Gelatinなど)、近代になって開発されたもの(Water gold size、Acrylic medium, Improved gold bodyなど)数種類あります。 なかでも、伝統的なギルディングに使われるジェッソ(Gesso)は伸縮が少なく、ゴールドに立体感と美しい光沢を与えるので、中世で最も使用された下地材料です。しかし、作るにも、使うにも、なかなか厄介な素材でもあり、慣れるまでにかなりの経験を要します。ジェッソの材料は、Powdered plaster of Paris(石膏)、White lead、Preserving sugar、Fish glue/Seccotine、Armenian bole、蒸留水などですが、作り方には多くのメソードがあります。それぞれの比率は、気候条件(温度・湿度)、仕事場の環境などによっても調節しますが、ちょっとした混ぜ方やタイミングが変わると、仕上がりが変わってきます。私自身、イギリスで作ったジェッソを日本の梅雨時期に使ってみると、乾いても柔らかく粘着度も強すぎて、全く上手く行かなかった苦い経験があります。またWhite lead(白鉛)など、有害な材料を扱うので、防塵マスク着用など十分な注意が必要です。

顔料(Pigment)、絵具(Paint)

イルミネーションの顔料は、主に植物や鉱物から採取された色素に卵白、卵黄、魚のうきぶくろや獣皮を煮詰めて作った膠などを混ぜあわせて作られました。例えば、赤には、鉱石のCinnabarやVermillion (天然硫化水銀)、  植物由来のMadderやBrazilwoodが、緑には、鉱石のマラカイト(Malachite)や緑青が、そして青には、ヨーロッパで入手しやすい鉱石Azuriteや紫がかったTurnsole(植物)が広く使われました。しかし何と言っても、遠くアフガニスタンでのみ採出される貴石ラピスラズリから作られる群青色は、ウルトラマリーン(Ultramarine)と呼ばれ、この高価で特別な青は上流階級の憧れの色でもありました。 

作業工程

イルミネーションの制作は、金箔を施すギルディングとペインティングの工程に分かれます。ジェッソを使う場合で説明しますと…

①まず初めに、絵具やインクが定着するようにヴェラム/パーチメントの表面に下処理を施し、次に、蒸留水を加えてクリーム状にしたジェッソを、金を貼る部分にのみ丁寧に載せてゆきます。立体的に盛り上げる場合は、一旦乾くのを待ち、さらに層を重ねます。下地作りが終わると、少なくとも1昼夜以上置き、ジェッソが完全に乾いてから、クラフトナイフやバーニッシャー(Burnisher)で表面を滑らかにします。

②ここから、金箔(Loose gold)を施す作業に入ります。この段階のジェッソは非常に滑らかで乾燥しており、このまま貼り付けようとしても金箔は定着しません。ジェッソにふくまれる膠成分を有効にするためには温度と湿気が必要になります。まず、下地から5cm程度まで口を近づけて何度も息を吐きかけると、湿気を吸ったジェッソの表面がわずかに粘着味を帯び始めます。その瞬間を捉えて金箔片を被せ、箔の裏紙もしくはクリスタル・パーチメント(グラシンペーパー)の上から、指で押さえつけ定着させます。一度に大きいエリアに貼ることはできないので、少しずつ繰り返し貼ってゆきます。(デザインや状況により、ストロー状のチューブと使って息を吐きかける場合もあります。)金箔は、ギルディングナイフやよく切れるはさみで必要な大きさに切りますが、扱いには熟練を要します。金箔を刻みながら、上半身を折り曲げて10回以上も息を吹きかける作業の連続は、実際、忍耐と根気のいる仕事です。光沢を出すために箔は何層にも貼り重ねる必要があり、一つの作品のギルディングを終えるには、長い日数がかかります。

③こうしてデザインの金の部分が完成すると、いよいよペインティングの段階に入ります。 現在では、中世と同じ製法のペイントは入手できないため、主に、純正の粉末色素に卵黄を混ぜて作るエッグテンペラやガッシュ(Gouache)などが使われています。ペインティング部分に金の装飾を加える場合、純度の高いゴールドパウダーやシェル・ゴールド(Shell gold)を使用すると、仕上げにバーニッシャーで磨くことができます。

こうして、頭文字や挿絵、ボーダー(縁飾り)部分の装飾やミニチュアペインテイングが施されたページは、製本され、一冊の美しい写本(Illuminated Manuscript)が完成します。